不登校の子どもさん
のための家庭教師
「アットホーム」

不登校の子どもさんのための家庭教師「アットホーム」


なぜフリースクールではなくて、家庭教師なの?



 不登校の子どもさんの集まる場として、フリースクールがあります。
 子どもさんが不登校の場合、フリースクールと家庭教師とどちらがいいのでょう? なぜ「アットホーム」は、フリースクールではなく、家庭教師というかたちを選んだのでしょうか?

 もちろん、フリースクールにもたくさんいいところがあります。
 例えば、不登校の子どもさんは学校に行ってないわけですから、どうしても同年代の子どもさんとの交流がなくなりがちです。そんなとき、フリースクールで、同じ不登校の子どもさんと交流をもつことは大きな意味をもつでしょう。私自身、すばらしいフリースクールをたくさん知っています。
 しかし、一方で、フリースクールというかたちに、「これでいいのだろうか?」と思うことがいくつかあるのです。

 まずひとつは、「不登校」といっても、いろいろなタイプ、いろいろな段階があるのに、フリースクールでは、どうしても、みな同じにされてしまうことです。学校より「個性」を大切にしてくれますが、やはりどうしても「ひとりひとり」というわけにはいきません。
 「不登校」といっても、「ADHDが主な原因で人間関係が苦手で不登校になっている子どもさん」と「いじめが原因で不登校になった子どもさん」とでは、まったくタイプが違います。不登校でも、「よくしゃべり活発な子どもさん」もいますし、「ほとんどしゃべらない無口な子どもさん」もいます。「勉強が大好きな子どもさん」もいますし、「勉強を拒否する子どもさん」もいます。
 本当に、それぞれ違います。
 「不登校になって1ヶ月くらいの子どもさん」と「もう何年も不登校が続いている子どもさん」とでは、まったく段階が違います。「今、一番悩みのどん底にいる子どもさん」と「悩みが解決に近づいている子どもさん」も、まったく段階が違います。
 段階も、それぞれ違うのです。
 フリースクールでは、もちろん、学校より「個性」を大切にしてくれます。しかし、どうしても「ひとりひとりに合わせて」というわけにはいきません。今、上に書いたような、「いろいろな子どもさん」が、どうしても「ひとつの部屋に集められ、同じような指導受ける」ことになってしまいます。

 その点、家庭教師なら、本当に「ひとりひとりに合わせて」指導を行うことができます。
 悩みのどん底にいる子どもさんでしたら、まず勉強よりも、「そばにいてあげる」「話し相手として寄り添ってあげる」ということに重点が置けます。もう一歩で学校に行ける、という子どもさんなら、勉強に重点を置いて、「もう少しだよ」って背中を押してあげられます。

 もうひとつは、フリースクールには、「思想性」が強いところが少なくありません。「学校の管理教育」を強く批判し、「学校なんて行かなくてよい。行くな」というスタンスをとるフリースクールもありますし、逆に、「現代社会の甘え」を強く批判し、スパルタ教育的なスタンスをとるところもあります。
 もちろん、親御さんがその「思想」に共感され、子どもさんにとってもその指導が幸せであれば問題ありません。しかし、「フリースクールに入れたのだけれど、どうも違う」というケースもよくあります。例えば、親御さんも、学校復帰を望み、子どもさんも、問題さえ乗り越えられれば、学校に行って勉強する意欲があるのに、「学校なんか意味ありません」と指導されることもあります。逆に、スパルタ教育的な場合も、うまく行けば「更正」するケースもありますが、より事態が悪化してしまうケースもあります。

 その点、「アットホーム」には、「思想」はありません。あるのは、「その子どもさんひとりひとりにいちばん合った形で幸せになってほしい」という「想い」なのです。

 「アットホーム」は、そのような考えから、「家庭教師」というかたちを選んだのです。